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「は、はぁ…。なん、で…?俺のこと嫌いじゃないの…?」
「さあ?どう思う?」
「分かんない…。分かんないよ、どっちなの?」
だってこんなの、恋人同士がすることじゃないか。
その愛しむような眼差しも、触れ方も、この距離も、全部。
「分かんなかったの?じゃあもっかいしよっか」
「え、いやちょっと待っ!んぅっ」
本当の気持ちを彼の口から聞き出すのは無理かも知れない。だけど思い返せば言葉以外の全てが、雄弁に真実を語っていたんじゃないか。
俺が彼をちゃんと知りたいと言ったあの日からの、俺に対する態度、行動、眼差しや穏やかな声音。そして、今。その何処を探しても、やっぱり彼の言う「嫌い」が見当たらない。少なくとも馬鹿な俺には、ひとつの答えしか浮かばない。
「おがた…かわいい…」
「んっ、も、むりっ…」
心臓が壊れそう。全身が熱い。
角度を変えて何度も何度も味わい尽くされる。その間に俺の体温が移ったのか、背中に当たる冷たかったコンクリートの壁すらも温度を持ち始めていた。
もうこのまま溶けて無くなっちゃうんじゃないかっていうところで、また漸く解放されて顔が離される。生理的な涙でぼやける視界も、一度ぱちりと瞬きをすれば一瞬でクリアになった。
見上げると、頬を薄紅に染めてうっそりと笑う彼が俺を見下ろしていた。初めて見た、ぎらりと光るその眼差しの奥に灯る熱。それは獣が獲物を捕らえた時のような、荒々しい光のように思えた。
「ふっ、まだ分かんない?」
「いや、もう…」
その獣のような眼光に怖気づいて顔を逸らす俺の耳元に加野くんは触れるくらい唇を寄せて、砂糖よりもずぅっと甘い声音で囁いた。
「何度でも言ってあげる。俺ね、緒方のこと…」
熱い吐息に混じった小さな振動が、俺の鼓膜に触れて空気に溶ける。
その一言だけでもう、十分だった。
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