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たしか、このシルヴェリア国の国王といえば齢五十に近い年配の男のはず。
(国王陛下にはたしか正妃がいたはずだから、えっと、側室ってことになるのかな)
見たこともない国王の側室、という妄想が始まった瞬間、ラシェルは自分で妄想を切り上げた。
なぜなら、見初められるということなどありえないからだ。ラシェルは生まれてこの方、サジェから出たことがない。国王が暮らしているのはずっと遠くにある都マリーシアだ。
案の定、マテウスは軽く笑って否定した。
「ああ、いえ、ご安心ください。そういった意味ではないですよ」
「……じゃあ、なぜ?」
マテウスは目じりを下げて微笑んだ。
その視線は、ベルからラシェルへ移される。
「ラシェルどの、ですね。陛下お抱えの呪(まじな)い師どのが、あなたの魂は大変尊い方のものだとおっしゃられたのです。なんでも、かの姫騎士の再来だとか」
つ、とマテウスの視線がつかの間鋭くなる。
まともにその目を見返したラシェルはふるりと小さく震えて、反射的に視線を逸らした。
(姫騎士、ってさっき言ってた、あの)
ルイ・アベルが言っていたラシェルの過去生の話だ。
もし今朝のことがなければ、ここで「そんなばかな」と一笑できただろうに、あいにく今のラシェルにはそれができそうもない。
国王陛下に呼ばれるのは大変名誉なことだ。
けれど、ラシェルはこの街を離れたくない。マリーシアまでは馬車で数日かかるし、それだけ離れてしまったら売り子の仕事を間違いなくクビになってしまう。
ベルと二人、慎ましい生活をおくる。
それがラシェルのささやかな夢であり、日々の幸福でもあった。
「あのぅ。その、姫騎士さまの再来だとして、どうして国王陛下に呼ばれることになるんですか?」
行きたくないという思いを滲ませて問うたラシェルに、マテウスは小さく頷いて答えた。
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