第一章

14/18
前へ
/97ページ
次へ
「詳しくは都へ行ったあと、陛下よりお話があるでしょう。わたしの役割はあなたをマリーシアへお連れすること、それだけです」 「そんな、理由もなしに、なんて」 「かの英雄どのをおもてなししたい、という理由では、あなたの意にそぐいませんか?」  マテウスは懐から丸めた羊皮紙を取り出した。 「こちらが、国王陛下よりの書状です。賓客として手厚くもてなすという旨が記してあります。……では、ご準備を」 「準備、って。あの、これってお断りすることは、できな」 「ラシェル! やめなさい、国王陛下のご命令なのよ」  いかないという選択肢はないのか、と聞こうとしたラシェルの言葉を遮ったのはベルだった。  ラシェルは慌ててかぶりを振る。 「でも、売り子の仕事があるし」 「それでも国王陛下の命令なら行かなきゃ。姫騎士とかなんのことかわからないけど、命令だもの……お母さんまで仕事クビになっちゃ大変だから、一緒についていってあげられないけど」  今にも泣きそうなベルを見やり、ラシェルは唇を噛んだ。  たしかにベルまで職を失っては、これから食べていくことができない。わかってはいるが、たった一人で都へ行くのはさすがに怖かった。  それに、何もかもがいきなりすぎて、頭の中の整理がつかない。  ラシェルは何もしていないのに、前世の姫騎士という者の功績により、城に呼ばれようとしているのだ。 『いいんじゃね?』  嬉々として声をあげたのは、レオポルドだった。彼は嬉しそうに微笑むと、マテウスの肩にぽんと手を置いた。通り抜けてしまうので、触ったことにならないけれど。 『あれからずいぶん経つけど、やっぱり姫は偉大なんだなぁ』 『……そうかな。僕は、どうもきな臭い匂いがすると思うけどね』 『アベル、お前はいつもぴりぴりしすぎなんだよ。姫のこと褒めてるんだから、悪いヤツじゃないって。な? マテウスくん』  そう言ってマテウスを覗き込むレオポルドだが、マテウスは相変わらず柔和な笑みを浮かべて座っている。見えないのをいいことに、幽霊たちはマテウスを囲う形で井戸端会議をはじめた。
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

67人が本棚に入れています
本棚に追加