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「詳しくは都へ行ったあと、陛下よりお話があるでしょう。わたしの役割はあなたをマリーシアへお連れすること、それだけです」
「そんな、理由もなしに、なんて」
「かの英雄どのをおもてなししたい、という理由では、あなたの意にそぐいませんか?」
マテウスは懐から丸めた羊皮紙を取り出した。
「こちらが、国王陛下よりの書状です。賓客として手厚くもてなすという旨が記してあります。……では、ご準備を」
「準備、って。あの、これってお断りすることは、できな」
「ラシェル! やめなさい、国王陛下のご命令なのよ」
いかないという選択肢はないのか、と聞こうとしたラシェルの言葉を遮ったのはベルだった。
ラシェルは慌ててかぶりを振る。
「でも、売り子の仕事があるし」
「それでも国王陛下の命令なら行かなきゃ。姫騎士とかなんのことかわからないけど、命令だもの……お母さんまで仕事クビになっちゃ大変だから、一緒についていってあげられないけど」
今にも泣きそうなベルを見やり、ラシェルは唇を噛んだ。
たしかにベルまで職を失っては、これから食べていくことができない。わかってはいるが、たった一人で都へ行くのはさすがに怖かった。
それに、何もかもがいきなりすぎて、頭の中の整理がつかない。
ラシェルは何もしていないのに、前世の姫騎士という者の功績により、城に呼ばれようとしているのだ。
『いいんじゃね?』
嬉々として声をあげたのは、レオポルドだった。彼は嬉しそうに微笑むと、マテウスの肩にぽんと手を置いた。通り抜けてしまうので、触ったことにならないけれど。
『あれからずいぶん経つけど、やっぱり姫は偉大なんだなぁ』
『……そうかな。僕は、どうもきな臭い匂いがすると思うけどね』
『アベル、お前はいつもぴりぴりしすぎなんだよ。姫のこと褒めてるんだから、悪いヤツじゃないって。な? マテウスくん』
そう言ってマテウスを覗き込むレオポルドだが、マテウスは相変わらず柔和な笑みを浮かべて座っている。見えないのをいいことに、幽霊たちはマテウスを囲う形で井戸端会議をはじめた。
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