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「んじゃ、俺らこっちな。理紗子を送ってく」
「ああ、じゃ、ふたりとも、また明日」
自転車を引きながら、仲睦まじげに肩を寄せあい去ってゆく。
雅彦と理紗子。二人の付き合いは一年を優にこえるのに、まだ付き合った当初の感情をそのまま継続しているように見える。
その様子を僕の隣りにいる奈緒が、どこか眩しい物を讃えるように、目を細めて見つめていた。
「俺達も行こうぜ」
彼らの後ろ姿をじっと見送っていた僕達に、和也が声をかける。
「もーだいぶ暗いなー」
その横でクルクルと回りながら、よくわからない動きで雅彦たちに手を振っていた柚子が空を見上げる。
ああ、もうじき学期も終わりなんだな。
ひと月前に比べて若干長くなった日の入りを僕も同じように見上げる。
ただ、僕は視界の半分を空に向け――もう半分は、柚子の日に照らされたその幽玄な表情に向けていた。
無邪気で幼稚で天然で、果たしてこれが周りの人が柚子を差して言う『無垢』と呼べるものなのか、僕にはイマイチよくわからないのだけど。
その横顔を見つめるだけで、僕は自分の頬が紅潮してくるのを感じる。
「んに? なんだよー。なに見てんだー」
眉根を寄せ、訝しげに、柚子が僕に近寄ってきた。
「……いや、気持ち悪い動きしてるなぁって」
「なんだとー!」
僕の腕をポコポコと殴る柚子がとても愛らしい。
ずっとそのまま殴られていてもよかったんだけど――いや、決してMっ気があるとかそういうわけじゃないんだけど、僕達のおふざけを見ている二組の目がとても怖くなって、すぐにそれをやめさせる。
「冗談だよ。柚子は可愛いよ、とても」
「「「……っ!」」」
目の前の柚子がその大きな猫目を限界まで見開いた。
あれ? 何で驚くんだろう。可愛いなんて言葉、柚子にとっては言われ慣れてるじゃないか。
それに奈緒と和也の二人も息を詰めているのは……ああ、そうか。
「うちのグループ、柚子も理紗子も奈緒も、みんな可愛いと思う。知ってるかな、和也。僕たち、結構やっかまれてるんだ。可愛い子独占しやがってって」
「まあ、な。確かにレベルたけーもんな。街歩いててジロジロ顔覗かれてよ、たまに居た堪れねぇ時があるわ」
奈緒が真っ赤にした顔を伏せる。
「か、かわいい、かな。私」
「うん、奈緒はなんていうか、楚々とした美少女って感じがする。儚げで守ってあげたくなるような、ね」
消極的で、ちょっとおどおどしていて……でも、決して卑屈じゃない、芯の一本通った清楚な白百合。
それが僕が持っている、奈緒という娘のイメージだ。
「……っ! 陽一くん、あ、ありがとう。嬉しい」
両手で頬を抑え瞳を潤ませている奈緒は本当に可愛かった。そりゃ、目を引くよね。こんな子が側にいたら。
しばらく僕がその奈緒の表情を堪能していると「ばんっ」背中に激痛が走った。
「痛いっ!」
振り返ると、和也が僕の背中を引っ叩いた姿勢のまま、にやにやと笑っていた。
「お前、そんな台詞よく本人の前で言えんな。天然のたらしか」
「なんだよ。だって本当のことじゃないか。奈緒は可愛いんだ」
奈緒が僕達に背を向ける。顔を両手で覆ったまま、微かに身体を震わせていた。
「かーっ! ったく、もうお前ら付き合っちまえよ。何、いつまでもぐだぐだと――いてぇっ!」
途中まで囀った和也が僕と同じように悲痛の声を上げた。
そこには、和也の脛を蹴り上げた柚子がムッとした表情で『僕』を睨みつけていた。
え、僕?
「もー! 奈緒ちん、困ってるじゃんか! いじめんなー!」
「え、と。別にいじめてるわけじゃ」
「うるさい! この話はもうやめやめ! あたしと奈緒ちんは可愛いんです。はい、おしまい!」
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