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「……それで、なんで柚子がここにいるの? 和也は?」
「あいつは撒いてきた。別についてこなくてもいいのに、いつもしつこい」
「柚子さん、何を言っているの」
和也はいつも柚子を心配している。いつも柚子を気にかけている。だからいつも柚子を彼女の家まで送っていく。和也は柚子のことが大事なんだ。
だって、とても好きなんだから。
和也はその素振りを隠さない。柚子の事が好きだってことを言葉で、態度で、全身でアピールしている。
それに――柚子だって和也のこと、きっと、満更でもない――そう、僕を含めて、周りの誰もが、和也と柚子は相思相愛だと思っている。
「よーくん、何かヤなこと考えてる」
「嫌なことって」
「それに」
「うん?」
「いつもよーくん、最後は一人じゃないか。寂しいでしょ。だから送っていく」
「え、と、柚子が僕を送った後は?」
「柚子は一人で帰れる」
本末転倒だよ、それ。
「ダメだよ。帰りは柚子を一人には出来ないよ。ほら、送ってくから、回れ右して」
「やだ」
「ワガママ言うなって。男の沽券に関わる問題なんだ」
「股間?」
「沽券!」
柚子は僕が両手で隠した下半身をしばらく訝しげに見つめていたが、やがて飽きたのか、小首を傾げ、
「じゃ、行こうか」
僕の手を引き、その小柄な体躯に見合わない力で引っ張る。手をつなぐ形になった僕らは、そのままお互い無言でしばらく進んでいく。
やがて遠目に踏切が映り、その先にある僕の家がだんだんと視界に入り始める頃、カンカンと信号が鳴った。腕木が僕たちの行方を遮り、ようやく足を止める。
手を繋いだまま、お互いの顔は見ず、通せんぼされたままじっと僕たちは佇む。
「よーくん家はさ、線路沿いでうるさくない?」
「うーん、もう慣れたかな。初めは電車が通過する度にアパートが地震の時みたいに揺れてさ。通る度にビクビクしてた。安普請だからね」
「そっか。人間って慣れるもんね、色んなことに」
うん?
「ねー、今度、よーくん家遊びに行っていい? なんだかビックリハウスみたいで楽しそう」
「いやいや、ビックリハウスみたいに回転しないよ? ガタガタ揺れるだけだよ?」
「でも行く。約束」
「まあ……うん、いいけど」
「あは、嬉しいなー」
本当に嬉しそうに顔を綻ばす柚子。繋いでいた手が一瞬キュッと固く結ばれた。
ゴー、と僕達の前を電車が通り過ぎていく。会社帰りのサラリーマンたちが疲れた顔でぎゅうぎゅう詰めになっている様子が窺える。
腕木が、開く。そして僕は口を開く。
「なあ、柚子」
「なんだい」
「ここでいいよ。踏切の先は街灯も少ないし、薄暗いから。それに僕の家だってもうすぐそこだ」
「やだ、家の前まで送ってく」
「だから、ワガママ言うなって。男の、」
そこで僕は柚子が自分の下半身に視線を投げかけるのを見て、さっと半身をずらす。
「……もう、帰れって。ほら、あんまり言うこと聞かないようだと、僕も……ええと、怒る」
「怒られるの、やだ」
「どうしたら、帰ってくれるんだい?」
恨めしげに上目遣いで僕を睨む柚子は、ハムスターのように頬袋をふくらませている。
ああ、可愛いなあ、とおそらく怒っているであろうその表情を見る僕には、そんな感想しか出てこない。
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