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曽祖父が死んだ。 九十をいくらか過ぎたところで、特に何かの病気をしていたわけでもなく、老衰だろうと思われた。その曽祖父の遺体が行政解剖でなく司法解剖にまわされたのは、親族からしたらただただ迷惑な話しだ。遺産もなく、晩年のほとんどを山に引き篭って暮らしていた彼の、死の真相になど誰も興味を持たなかった。 司法解剖になったのは、他殺の疑いがあったからだ。曽祖父は、自宅の布団の中で死んでいて、翌朝訪れた家政婦がそれを発見した。彼女は、曽祖父の寝室へと続く廊下を歩いている時から、何かの違和感を抱いたと話す。そして、寝室に入ろうとしたその時、中から若い男が飛び出してきたというのだ。彼は全裸で、蝋のように白い身体をしており、真っ黒な髪を無造作に伸ばした、三十代くらいの青年だったという。 もちろん、死体など見慣れているはずもない彼女は相当に動転していたのだから、その証言のすべてを鵜呑みにするわけにはいかない。実際、警察の調べでもそれらしい証拠は出てこなかった。ただ一つだけ奇妙だったのは、布団の中にカラスの羽根が二、三本落ちていたことだ。が、ここを結び付けてはあまりにもオカルトじみてくる。一人の老人の死にそこまでの労力を掛けたくない親族連中は、解剖結果が出るまでまさに固唾を飲むといった感じであった。 結局、曽祖父は扼殺されていたことが判明した。一時は大騒ぎになったが、容疑者といえば例の白い青年のみで動機も判然とせず、別段誰もこの事件をそこまで重要視していない。そもそも、あの隠居老人がやっと片付いたらしいという噂は、親族全体に安堵をもたらしこそすれ悲嘆など欠片もなかった。 警察も暇ではない。遺族が真相の究明に極めて消極的で容疑者もまるで雲を掴むような有様の本件について、熱心に捜査をしたいなどと申し出て来ることもなく、この騒ぎはいったんここでお開きとなった。 「あれは、じいさんのお妾さんだよ」 通夜の晩、また新しいビールを開けながら祖父が言った。 告別式までを曽祖父の家で執り行い、そのまま火葬場まで運ぶ手筈にしたのは、親族の誰もが遺体を家に上げたがらなかったからだ。式場を手配しようと言い出す者もなかった。とにかく最低限の労力ですべてを終わらせたかったのだ。
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