水際《すいさい》

2/17
237人が本棚に入れています
本棚に追加
/59ページ
山南(やまなみ)の部屋は大学の一番奥に位置する校舎の中にあり、そこから正門までは結構距離がある。 今まではそんなに意識しなかったのに今日はやけに遠く感じ、一珂は落ち着かない気持ちで歩を進めていた。 その理由は分かっている。さっきまで一緒に説明を聞いていた生徒、島村(しまむら)が隣を歩いているのだが、人見知りが激しい上に初対面の人と話す事柄が全く見つからず無言で歩き続けている。 真山のように向こうから話をふってくれたら答えることもできるのだが、何かを考えているらしく島村は一珂の方を見ようともしない。 早く着かないかな。 そんな風に願っているとようやく待望の門が見え、一珂はホッと息を吐き出した。 緊張のせいか、気温のせいか、額にジワジワと汗が滲む。そう言えば葛城と知り合った夏も暑かった。バンドの練習のため夏休みの間は軽音部の部室を借りていたのだが、音が外に漏れないように締め切った部屋での練習するのは地獄のように辛かった。途中こっそりとアイスを買いに行き、みんなで食べたのは楽しかったが。 一珂は島村に軽く頭を下げ、門を出てすぐに右に曲がった。駅は反対方向にあるので、大半の生徒とはここで別れることになる。 島村がどこに住んでいるか知らないが、たぶん駅方向に行くのだろう。 けれど、一珂の予想を裏切って島村は右折した。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!