水声《すいせい》

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大学3年にとって8月はとても忙しい月だ。一珂(いちか)も例外ではなく、2つの会社のインターンシップとゼミ旅行で8月の大半が潰れる予定だ。 はぁとため息をついた一珂は予定がぎっしり書かれた手帳を閉じ、カップに入ったアイスティーを一気に飲み干した。 「何かあったのか?」 一珂の前の椅子に座りながら、真山(まやま)が心配そうに尋ねる。 真山は俺の隠し事を知った後も変わらない態度で接してくれる大切な友人だ。 「あれ、真山だ。どうしたの?」 真山が一珂と一緒にカフェテリアにいるのはそんなに珍しい光景ではないが、今は夏休みだ。 真山が夏休みに大学にいるなんて初めてじゃないかな。確か去年は長期休暇を利用して世界中の有名建築を見に行っていた。その費用稼ぎに一昨年はバイト三昧だったような……。 「質問したのは俺なんだが……まあいいか。ちょっとキャリアセンターに用があって」 「就職か……」 半年先に迫った就活を想像すると、一珂の気分が更に下降する。 ここ数年学生優位の「売り手市場」だと言われるが、就職が楽だったという話はあまり聞かない。それどころか卒業間際まで内定が取れなかったなんて話までざらにある。 お祈りメールが来るのはまだマシで、連絡さえ来ない企業も多数あるらしいのだ。 向かいに座った真山も疲れたような顔をしている。 何事も器用にこなす真山でさえ、就職は簡単ではないのかもしれない。
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