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中に入ると白いコックコートを着たシェフがいらっしゃいと挨拶してくれる。
「こんばんは。ステーキ食べたくてまた来ちゃいました」
「いつでも大歓迎だよ。そちらは若林君の友達?」
「いえ、同僚……になるのかな、同じ会社の葛城君。さっき出会って無理矢理付き合わせちゃいました」
「それはそれは。葛城君って言ったかな、若林君はちょっと変わってるけどいい人だからよろしくね」
「……はい」
葛城が小さく頷くのを見届けると、シェフはカウンター席を示した。
「ここでいいかな?」
「もしかしてもう閉店でした?」
「この時間から来られるお客様も少ないからね」
葛城が腕時計を見ると、10時を少し過ぎている。シェフのいう通りこの時間からステーキを食べに来る客は少ないだろう。
「すみません」
思わず謝ってしまうと、楽しそうに若林がクスクスと笑う。
「何で葛城君が謝るの。中町さんいい人だから大丈夫だよ」
「ええ、お客様はいつでも大歓迎なので、気にせずゆっくり食べていって下さいね」
「ほら、中町さんもああ言ってくれてるかし。それで、何食べる?」
若林のオススメに決めると注文を彼に任せ、葛城は出された水を口に含んだ。
少し緊張が解れてきたのだろう。葛城の思考は、シェフと和やかに会話している若林から大好きな人へと移る。
今度、一珂を連れてれてあげようかな。見た目は細いけれど肉好きなので、ステーキって聞いたら目をキラキラさせて喜ぶだろう。
一珂の事を考えると自然と頬が緩みそうになり、葛城は店内を見回す振りをしながら若林から顔を背けた。
「何か珍しい物でもあった?」
「いえ」
「なんだ。ここも岸田課長に報告するのかと思った」
いかにも有能な秘書という雰囲気ではない若林に油断していた葛城は、彼の言葉にびっくりし思わず水の入ったグラスを倒してしまった。
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