キャサリン

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伯爵は続けた。 「だが、ささやかながらプレゼントを用意した」 伯爵は、手に持っていた一冊の古い書籍をキャサリンに手渡した。赤いリボンをかけられたその書籍の内部は、収める物体の形状に沿ってくり貫かれている。その書籍の中に納められているのは拳銃だった。小型拳銃ワルサーPPK。世界最高基準を誇る高性能高精度のドイツ製最新式だ。 「見た目は古ぼけた一冊の本だが、その中身は拳銃だよ。ドイツの拳銃だ。訓練で使用法をマスターしただろう。もちろん君がそれを使わざるを得ないような状況に陥らない事を願っているが、いざという時にきっとそれが役に立つだろう。受け取ってくれたまえ。だが、表紙を開けて中身を見るのは、部屋に帰って独りになってからにして欲しい。何ぶん、中身が中身だからね。この美しい散歩道には、拳銃は似合わない」 嘘だった。伯爵は嘘をついた。本当は、拳銃と共に添えた手書きのメッセージカードを、目の前で彼女に読んで欲しくはなかったからだ。それが例え若い男達のような下心の類いのまるで無い、純粋な意味の祝いの文だったとしても、目の前でバースデーの手書きのカードの文を読まれるには、伯爵はあまりにも年齢を重ねすぎていた。四十代も終わりに近い彼は、戦時下の軍人としてあまりにも長く生き過ぎていた。 現実から目を背けて色のついた夢を見るほど、伯爵は恥知らずな男ではなかった。代々爵位を受け継いだ旧い家柄に生まれた貴族としての誇りもあった。
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