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「なるほど。クラーラ。ところで、君の職業は? それと正確な生年月日をどうしても知りたいのだが」
クラーラは秘書だ。それは既に話題に出ている。生年月日も既に答えてある。だが、ゲルハルト少佐は、敢えてクラーラに職業を、そして生年月日を尋ねた。それは言うまでもなく、とてもまずい兆候だった。ゲシュタポの捜査官は、疑いを持った相手に対し、何度も何度も判りきった事を繰り返し聞きまくる傾向にあるのだ。意図的にそうする事によって容疑者が混乱をきたして尻尾を出す。ゲシュタポは、その最も決定的かつ衝撃的な瞬間を根気強く待っているのだ。
「生年月日は一九二五年五月三日。職業は秘書です。物理学者のディーティンガー博士のお宅に住み込みで働かせて貰っています。だから私が今此処にこうしているのです」
クラーラは微笑む。ゲルハルトも笑顔である。
「ああ、なるほど。ところで、クラーラ。君はイギリスの田園風景を夢に見たりすることが、あったりするのかね」
「さあ、イギリスには行った事がありませんから。でも、戦争に勝った暁には一度ぐらい訪れてみたいものですわ」
「私はね、クラーラ。かつてロンドンに住んでいた事があるのだよ」
ロンドンに住んでいた事があるのだよ。その部分を、ゲルハルト少佐は【英語】で話した。クラーラは、それに対してあくまでも笑顔で、首を傾げた。
「少佐、私はドイツ語以外は話せませんのよ。今のはフランス語ですか? それとも英語?」
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