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「いや、私の悪い癖だ。ついつい懐かしい英語が口をついて出てしまう。君は博士と同居しているのだな。なるほど。君は薄汚い売春婦なのか。それとも道に落ちた汚物なのか。私のピカピカに磨き上げた乗馬靴の踵で踏み潰してやりたいよ。よく聞くがいい。私は必ず貴様の化けの皮を剥がす。そして貴様の身体と精神を八つ裂きにしてやる。ドイツ語しか分からないはずの貴様に言っておく。我々は貴様の正体を把握しているのだ。だから貴様はもう祖国には帰れないし、【伯爵】にも二度と会えはしない」
ゲルハルト少佐は、その薄汚く陰惨な言葉の内容とは裏腹に、爽やかで穏やかな口調の【英語】で淡々と話し続ける。クラーラは、ゲルハルト少佐が何を話しているのか分からない。そのような意思表示を然り気無く装いながら、美しい顔をきょとんとさせ続けた。だが、ゲルハルト少佐の言葉の中に【伯爵】と聞いたクラーラの目に、一瞬だけ狼狽の色が浮かんだ。それをゲルハルト少佐は見逃さなかった。
「クラーラ。私は今この瞬間、確信したのだ。君こそが、長い間恋い焦がれていた私の永遠の想い人に違いないのだという事を」
英語の分からぬはずのクラーラが、無言でゲルハルトの瞳の奥を覗き込んだまま、身動きひとつしようとしない。
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