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春(あした)への逃走
春の足音がまだ少し遠く感じる冬の朝。まだ人通りも少ない大通の中を、どうやら朝食らしいホットドッグを頬張りながら歩く少女と、その後ろを怪訝な面持ちでついていく青年の姿があった。小鳥の囀りに混じって、二人の声が聞こえてくる。
「うん、このホットドッグやっぱり美味しいね!毎日のように食べてたけど、これが最後に食べるのかと思うと少し寂しいな」
「通販で頼めばいいんじゃないんですかね。きっと冷凍とかでもありますよ」
「焼きたてを手ずから受け取るからいいんでしょ。わかってないなぁロビは」
「僕は自炊派なので。……ところでリサ先輩。本当に良かったんですか」
ロビと呼ばれた青年が気を遣うような声色で窺うと、リサと呼ばれた少女は、口の端にケチャップをつけた陽気な笑顔のまま答えて見せた。
「勿論。あたしのペンは、こんな国で錆びらせるわけにはいかないからね」
「答えは変わらず、ですか」
ロビはポケットに手を突っ込み、肩を竦めて嘆息した。
内情を明かすと、二人はとある大手新聞社に勤める職員で、リサは敏腕記者、ロビは機微の利く編集見習いであり、二人は若手ながらコンビを組んで記事の編成にあたるほど将来を見込まれた者達なのである。
「全ての人は全ての真実を知る権利がある。それがあたしの座右の銘。それなのに編集長、都合の悪いことはひた隠しにして耳障りの良い事だけ記事にしろなんて意味わかんない事いうじゃん!ジャーナリズム魂を髪と一緒に置いてきたのかしら!」
「本人が聞いたら大激怒間違いなしですね」
つまるところ、情報規制に耐えかねたリサは国外逃亡を決意したのだ。己の信念を貫き、ペンを執るためだけに。生まれ育ち、親も友もあり、思い描いた未来もあったはずの祖国を捨てて。
「でも、逃げられると思いますか?記者のフットワークは先輩が一番ご存知だと思いますが。編集長も、その配下も先輩を連れ戻しに地の果てまで追いかけて来ますよ。下手すれば命だって危ない。僕だって編集長のスパイという可能性は否定できないでしょう」
「ロビはあたしの相棒だからそんなことするわけないよね?あたしわかってるんだから」
「……まあ、そうですが」
真正面から言われるとつい鼻白んでしまうロビであった。
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