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本当は、『市井を二人で歩いてみたい』というかねてからの彼女の願いを、叶えるつもりはなかった。
ただの孤児の下働きと、名家のお嬢様だ。同年代が珍しかったお嬢様に目を掛けられて、話し相手に抜擢されただけでも身に余る。
自分の何が気に入ったのかも、敬う口調を禁止された理由も――婚約が決まるまで、その関係を続けた理由もわからない。
婚約者のいる身になれば、異性とふたりで話すこともできなくなるらしい。
だから、俺との関係もそれまでだと、彼女はさみしげな笑顔で言った。
『だったら、その前に街に連れてってやる』――気付いたら、そう口にしていた。
自分でも馬鹿なことを言っていると思ったのに、彼女は瞬間、とてもとても嬉しそうに笑ったから。
撤回することなんてできずに、彼女をこっそり連れ出したのだ。
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