異変

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異変

教室のドアから入って来たのは、いつもの見慣れた担任ではなかった。七海のクラスの担任は、勤続38年、枯れススキのような胡麻塩頭の風采の上がらない定年間近のベテラン男性教師なのだが、今、入って来たのは、スラリとしたモデル級の美女である。 見る角度によればシルバーにも見える薄紫色の豊かな長い髪を揺らして、無国籍風の顔立ちはどこかの外国の人のようだが、どこの人かは見当が付かない。黒く短いショートパンツから透き通るように白い二本の足を惜しげも無く伸ばし、足元には黒く光るエナメルのブーツのようなものを履いている。 上半身に着ているものは、これまた黒ベースのおへそを出した際どい衣装だ。胸の部分が大きく開いており、今にも白い二つの乳房がこぼれ落ちそうである。女の両肩には、黒いマントのようなようなものが掛かっていて、長い裾は教室の床につきそうなくらいである。 教師というよりも、いや、教師らしさなどはどこにもなく、七海の目には、まるでSMの女王様のように見えた。悠然と教卓に付き、傲慢にも感じる目線で七海たちを見下ろした。 (いつもの先生、お休みかしら?でも、この人、先生には見えないし。それとも英語のネイティヴの先生かな) と、七海が思っていると、日直当番の生徒が「起立・礼・着席」の掛け声を掛けた。全生徒がそれに従い、七海も違和感を感じながらも、それに従う。 (あれ?おかしいわね) 何かあればすぐに騒つき出す思春期の学生たちが、水を打ったように静かである。七海は周りの生徒たちの顔を見渡して見たが、誰一人として、その表情に疑問を浮かべているものがいなかった。 「みなさん、おはよう」 やや粘着質な、鼻に掛かった声が教室内に響いた。 七海以外の生徒たちから、おはようございますという声がバラバラと発せられる。心無しか、その声はいつもより虚ろな響きを含んでいるように感ぜられる。
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