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「ええ、まぁ、そういうものです」彼は頷きながら、はたと慌てたように『他では言わないで下さいよ?』とおどけてみせた。
「企業秘密ですね」
「勿論です」僕達は笑いあった。
彼のアトリエに招かれてのことだった。
願ってもない幸運。
僕は、長年、四方勲夫のファンだった。
ある文学小説の表紙を飾った彼の作品を見て以来、彼の描く世界に夢中だった。
この目で間近に見てみたい。
ずっとそう願っていた。
何年か振りに展示会があると聞いた時には、期待で胸が膨らむのを痛いと感じたほどだった。
「佐々木君!」
赴いた先のギャラリーで、不意に声を掛けられて振り返り、僕は『あっ』と声をあげた。
目の前に居たのは、四方勲夫その人だった。
声を掛けてきた筈の彼も、驚きを隠そうともせず僕の顔を繁々と見た。
「すみません、人違いを。…あの、佐々木宗太さんという方を、ご存知ではないですか?」
「僕の父がそうですが、父をご存知ですか?」
「いや、それで。ええ、存じ上げています、あなた、あまりにも若い頃の彼にそっくりだったもんですから、つい、考えなしに、うっかりしていました、本当にすみません」
彼は息子ほども歳の低い僕に、繰り返し丁重に詫びてくれた。
「それで、佐々木君…いえ、お父さんはお元気ですか?」
「昨年の春に亡くなりました」
「それは…」
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