忌むべき色彩

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四方氏のアトリエは、閑静な住宅街にある比較的新しい建物だった。 北向きに設けられた大きな窓。 広い室内は静寂と柔らかい光で満たされていた。 奥の一角に小上がりがあり、おそらく作業スペースなのだろう。 筆、筆洗、乳鉢、隅の方には幾つかの木枠などが並んでいた。 その背後の壁一面に、瓶に詰められた数え切れない色とりどりの絵の具が、色相毎に順を追って並べられているのに至っては、それだけで壮観だった。 その絵の具の棚に対面する壁に、彼の幾つかの作品が掛けられていた。 それらを前にすると、僕のなけなしの遠慮は忽ちに吹き飛んだ。 一つ一つ時間をかけて、僕は彼の作品を鑑賞した。 完成された世界が眼前にある。 自分の息遣いさえ煩わしく思えるほどだった。 作品の前から離れ難く、僕は何度も行きつ戻りつした。 「僕はずっと、佐々木君のような人が、本当に才能のある人だと思っていました」 何度目かの逡巡だったろう、ふいに四方氏が背後でそう呟いた。 独り言のようでもあり、僕に投げかけているようでもある、なにか『ずしり』と重みを持った言い方だった。 僕は振り返り、四方氏を見た。     
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