忌むべき色彩

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彼は困惑しているようにも、穏やかに微笑んでいるようにも見える、なんともいえない表情だった。 「僕は父が絵を描いていたということも、美大出身だということさえ知りませんでした。 父に対しては、僕は平凡な印象しかありません」 「そうですか。あなたは絵は?」 「僕はとても。好きで眺めるばかりです」 僕がそう言うと、彼は目を細めた。 「それが一番良いのかも知れません、僕がこう言うのは何ですけど、芸術を楽しむ、という意味では、趣味に留めておくのが、一番賢いやり方なんだろう、と思います。佐々木君…あなたのお父さんは、とても賢い人でしたから、きっとその辺のところがあってのことでしょう。僕らの師匠なんかもよく『佐々木君は芸術をやるには頭が良すぎる』なんて言っていましたよ」 「それはまた、随分と酷い言い方ですね」辛辣さに僕は笑った。 「でもまぁ、そうなんです。勿論、絵描きにも賢い人はいるにはいる。だけれどこういう世界には終わりがない、自分で筆を折るでもしないことには、死ぬまで描き続けることになる。そういうことが早い内にわかる人と、そうでない人がいる。僕の場合はその、後者の方です。     
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