忌むべき色彩

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生業の絵描きというものは、全てにおいてそれが優先される。ひたすら自分を削る、そういう作業です。こうしたものが、健全な人の営みであるわけがない。僕はこの歳になるまでそれがわからなかった」 「でも、そうして描かれるからこそ、価値あるものなのでしょう。凡人には成し得ぬ荒業ですから、やはりその境地を垣間見せてくれる芸術は、我々にとっては貴重です」 「往々にして芸術を価値あるものとして見る人は、あなたのような考え方が多い。そうであるからこそ成り立つ僕等なんですけど、画壇やなんかもそうです。それでも…」 彼は少し考えてから、思い立ったように『お父さんの絵をご覧になられたことがないと仰ってましたね?』と言い、素早く立ち上がると、作業場のキャビネットから一枚の写真を出してみせた。 綺麗に保存はされてはいるが、それはかなり古いものだった。 50号はあろう絵を前に4人の人物が写っていた。 内の二人の顔を僕は知っている。 一人は若かりし頃の父、そして今、目の前にいる四方氏だった。 四方氏は写真の中の彼等の背後の画額を指して『これがその、佐々木君の描いた絵です』と言った。 僕は促されるままにそれを見た。 遠目に見る限りでは、寒々しい曇天の中に枝を拡げる一本の樹があるだけの、変哲のない風景画だった。 荒涼と広がる空、太く捩くれた幹から伸びやかに放たれた枝々は、濃い緑を茂らせている。 嵐の前の刻であろうか?     
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