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「何、そのうち戻ってくるだろうよ」
雨龍はポケットから取り出した白絹の手袋を嵌めると、さっそく現場を検証し始めた。
「ふむ……」
雨龍が最初に疑問を持ったのは木板に残る血痕だった。
雨龍は探偵としていくつかの殺人事件に携わった経験がある。その中には猟奇的な事件もあった。
「出血が少ない」
調書には被害者は開腹され、死因は失血死とあった。ならば現場は血の海だったのではないか。だが雨龍の見る限り、血痕は木板の上のみで地面には無い。
「敷き布が吸ったにしても……いや待てよ、そうか」
「何か分かりましたか……雨龍探偵……」
「やぁ、おかえりワトソン君。無事の生還で何よりだ」
「和戸村です……お陰様で」
言葉こそ労っているものの明らかにおざなりである。雨龍の視線は木板に向いたままであるし手は忙しなく木板をなぞっている。
「それで? 何か分かりましたか?」
「まだ何とも言えないがね。多少興味が湧いた事は確かだよ」
「興味って……」
「そうだワトソン君」
「和戸村です」
「君は実際に現場を見たかね?」
「まぁ……多少は」
実際は先程同様に這う這うの体で現場から離脱したのだが。だがそれでも最初は意地で頑張ったのだ。数分くらいは。
「被害者はこの木板の上に寝ていたのだね?」
「ぅ……はい」
「どの様にかね?」
「え? えっと、仰向けで……」
「だそうだよ、紫苑君」
「だそうだよ、ワトソン君」
「和戸村です、って……紫苑まで僕をワトソンって呼ばないでくれないかな?! と言うかワトソンって誰!」
「男が細けぇ事気にすんなよ。いいから、ほら」
「細かくないし、何もよくない! ちょっと、押さないでぇ!」
木板の上に押し倒されそうになった和戸村が必死に抵抗する。
「そもそも最初に名指しされたのは紫苑じゃないか!」
「うわッ?!」
いくら平和主義者でも和戸村は大人の男で紫苑は小柄な子供だ。腕を掴んで引き倒せば簡単に立場は逆転した。
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