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「君が誰かに白い目で見られたとして、それが何だと言うのだね? 紫苑君が僕の助手である事にそれが何の障りになると言うのだね? 紫苑君が僕にとって実に優秀かつ有能な助手という事実には何の相違もありはしないではないか。まぁ些か口煩い所はあるがね。やれ「ちゃんと飯を食え」だの、やれ「もう少し外に出ろ」だの」
「そこは紫苑じゃなくても言いたくなるんじゃ……」
思わず和戸村が口を挟む。俯いていた紫苑がほんの少しだけ顔を上げる。
「だってそうだろ。先生、放っといたら何日も飯も食わずに部屋に籠って出てこねぇんだも……いててッ!」
ぐしゃりとハンチング帽が潰れて赤茶色の髪が零れる。どうやら臍を曲げた雨龍がハンチング帽の上から紫苑を押さえつけたらしかった。
「やれやれ、君も所詮は凡人か。僕の真実の探究という崇高な行為を理解出来んとはね。あぁ、天才とはかくも孤高な存在である事か」
大仰に嘆き、深く溜息をつく雨龍。
「だがしかしだね、紫苑君。君は凡人ではあっても凡愚ではない。この僕が助手として認めているのだからね。その価値を貶めているのは紫苑君、他ならぬ君自身なのだよ」
ようやく軌道修正されて話が戻ってきた。
「君は凡愚の衆とこの僕、どちらの評価が正しいと思うね? どちらの評価が必要だと思うね?」
「そりゃ……先生に決まってんだろ」
「ならば胸を張りたまえ。最下級区域生まれ下級区域育ちの路上浮浪児の紫苑ではなく、この僕、私立探偵 雨龍 紗烙 の助手の紫苑君としてね」
「俺はいいけど……俺のせいで先生が……」
「まだ理解出来ていないのかね。世間が僕にどんな評価を下そうと、僕の灰色の脳細胞には些かの狂いも生じない。僕の助けが必要な依頼人が他を頼ると思うかね? 僕を敬遠して事件を未解決になれば困るのは依頼人だよ」
「そっか、そうだよな。だって先生は稀代の名探偵だもんな!」
「その通りだよ、紫苑君」
麗しい師弟愛に、対面に座る和戸村は思った。
──これ、雨龍探偵の自意識過剰を助長させてるのは紫苑なんじゃないか?
と。
馬車はゴトゴトと進んでいく。
三者三様の思いを乗せて。
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