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やがて馬車はゆっくりと速度を落として止まった。
予定外の紫苑の乗車に御者が追加料金を持ち掛け、雨龍が倍額の硬貨で黙らせるという一幕を経て、三人は警察病院の門前に立っていた。
「雨龍探偵、さすがにさっきのはどうかと思います」
和戸村が指摘するのは先程、雨龍が御者に渡す追加料金の硬貨を地面に放り投げ、御者に這いつくばって拾わせた事だ。
「ワトソン君」
きん、と澄んだ音を立てて雨龍の手から光が飛んだ。
「和戸む、らぁ! っとっと……何するんですか!」
きらきらと放物線を描いて飛んできたのを和戸村が慌てて受け止める。そっと手を開いて見れば、それは1圓硬貨だった。
「ほぅ、反射神経はそう悪くもない様だ。先程の御者はそれすら出来ない程に鈍重だったという事だね」
つまりはちゃんと受け止めなかった御者が悪いと言いたいらしい。
「いや、まずお金を放るのがそもそも問題なんじゃ……」
「やぁやぁ、ご苦労ご苦労」
「ちょっと、雨龍探偵!」
和戸村の抗議を聞き流し、雨龍はスタスタと進む。警察病院の門前には二名の警備の警官が立っており、当然の如く突然の侵入者を阻もうと立ちはだかる。
「こちらは警察病院です。一般の診療は行ってはおりません。少し先に市立病院がありますのでそちらへ」
通りの左手を指し示す警官は言葉こそ丁寧だが声には有無を言わさぬといった響きがあった。
「何、僕は生憎と頗る健康体でね。今日は人に会う用があって訪れたのだ。取り次いでくれたまえ」
「その様な連絡は受けておりません。何かの間違いでは?」
「先方には僕が来る事を報せていないのだよ。だが、この僕がわざわざ足を運んだのだ。取り次いでくれたまえ」
つまりは押し掛けである。警官が俄に警戒を強めたが当然であろう。睨みつける警官の前に和戸村が慌てて割り込んだ。
「あの、お疲れ様です! すみませんが検死医の、えーと……」
「明智医師」
「あぁそうです、その明智先生に取り次いでください。倫敦警察署の和戸村が来たって」
和戸村が警察手帳を見せると警官の一人が足早に門の中へと消える。
「雨龍探偵、明智先生をご存知だったんですか?」
「何、調書に名前が載っていたからね」
事も無げに雨龍は言ってのけた。
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