その男、名探偵につき

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「……えっ?」  『霧の都』と呼ばれる街、倫敦(ろんどん)。その街に建つ倫敦警察署。その署内の一角で間抜けな声を上げる若者が一人。 「聞こえなかったかね? 今日付けで貴官は研修期間を終了し、特別任務に当たって貰う」 「あの、特別任務とは一体……?」  倫敦警察署の署長室。目の前の重厚な執務机(デスク)の向こうで肘掛椅子(アームチェア)に背を凭れて自慢のカイゼル髭を弄りながら署長が口を開く。 「例の連続猟奇殺人事件」  若者の肩が揺れた。 「一向に捜査が進んでいない事は貴官も知っているな?」  よく、知っている。若者は唇を噛んで俯いた。 「このままでは被害者が増えるばかり。そこで、だ」  ぎしり、と椅子を鳴らして署長が居住まいを正す。若者も姿勢を正して次の言葉を待った。  そうして、署長の口から出た言葉は若者の予想の範囲を軽く超えていた。 「外部に捜査協力を依頼する事になった」 「捜査協力? 外部、とは?」  警察上層部の特務機関か何かだろうか?  ほんの少し首を傾げる若者に署長は軽く息を吐いてから告げた。 「私立探偵『雨龍(ウリュウ) 紗烙(シャラク)』」 「私立探偵……民間人ですか?!」  若者が思わず声を上げる。捜査協力依頼、それも民間人の私立探偵に。 「民間人、一般市民に協力を仰ぐなど……警察の威信に関わります!」 「では、現状を打開出来る策が他にあると言うのかね?」  署長の言葉に若者がぐっと詰まる。そんな策があったら今頃とっくに犯人を逮捕している。正直、手詰まりではある。だが、かと言って。 「警察として不本意なのは確かだ。だが今のまま捜査が迷宮入りとなればそれこそ警察の威信は地に落ちる」 「それは……ですが……」 「先ずは事件解決が最優先だ。街の平和と市民の安全を守るのが我らの職務であり使命である。そうではないかね?」 「……はい、その通りです」  若者は署長の言葉に強く頷いた。
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