第2話

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『何でこのビル、エレベーターが無いのよ』  紗希はやり場のない怒りを心の中で吐き捨てる。そして喘ぎながら一人階段を上っていった。雑居ビルの狭くて急な階段である。  エレベーターが無ければ階段を使うしかない。しかしここに来るまでは目的の場所が、まさかエレベーターもないようなおんぼろビルの、しかも最上階だとは思いもしなかったのだ。  それは一階で散々探し回った揚句に、ようやく見極めることのできた現実だった。  初春ながら桜の開花には少し間があって、まだ肌寒い季節のはずである。それにも関わらず紗希の額には、薄っすらと汗が浮かんでいた。  ナチュラルなショートボブで一見涼しげに見えるはずなのに、その汗のため髪の毛が額や頬に張り付いて鬱陶しくてならない。  沙希は階段途中の踊り場で一息つくと、張り付く髪の毛を手の甲で疎ましそうに払いのけながら小さく折り畳んだ白くて可愛いレースのハンカチを使い、押さえるようにして汗を拭った。これから望む場面では、化粧崩れを気にする必要があったのだ。  久しぶりに着たリクルートスーツも少し窮屈になっていて、階段で悪戦苦闘する紗希を更に苦しめている。  額や頬に貼りつく髪の毛にも、一昨年仕立てたスーツが窮屈になっている理由にも、今日ここに来ることを決めてしまった自分にも、持って行き場のない憤りを覚え忌々しくなった。
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