一、出会い

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一、出会い

 月の美しい夜だった。  今宵の月は満月。  先程まではその月明かりで灯りなど不要なほどに明るかったのだが、今はその姿を雲の中へと潜めてしまい、辺りは闇の色に染められている。雲の端が光を受けてぼんやりと黄金に輝いていた。  じっとりと湿った風が戯れに辺りを吹き抜ける。そんな中を一人の青年が歩いていた。青年は、己の視線が見えない月の姿を追い求めていることに気付かない。  青年の纏う衣の質こそ見てとれぬが、歩く姿が優美であることから高貴な位の者と見てとれる。小柄な青年は砂に足をとられることなく、ただ歩く。  やがて雲が切れ、月が姿を見せた。  それは見事なまでの満月。まばゆい光が降り注ぎ、青年を幻想的に照らす。青年の華奢な体は光に透け、いっそ天に昇って行きそうなまでに神々しい。これも満月が魅せる幻か。  光が降り注ぐ音はない。それらが声を持っていたら、一体どれほど綺麗な音色を奏でるだろう。しかし、耳を澄ませても届くのは潮騒のみ。それは母なる海の鼓動にも似ていた。     
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