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あまくてしゅわしゅわ、ほんのり苦い。
私の初恋は、今日もぎりぎりの均衡で保たれている。
夏場の校舎は暑くて暑くて、購買の瓶ラムネを買わずにはいられない。
エコの一環だとかで瓶を使用し続けるそのラムネは、校内で大人気だった。理由は簡単だ。
「中村くん、あーけてっ!」
「…またか。」
面倒くさそうにラムネを受け取る中村くんは、今日もちょっとカールがかかってはねた黒髪と切れ長の目がトレードマークだ。
意外にも整った容姿は、その無愛想な表情で覆い隠され、まだクラスの女子に気づかれていない。
「ほら。」
(あと、意外にも優しいところも。)
差し出されたラムネの瓶を受け取り、頭のビー玉をぐっと押す。
ぷしゅ、と爽快な音とともに開栓したラムネを私の手に乗せると、目元を緩めてこう言うのだ。
「しょうがねえなあ。」
その表情は普段クラスで見せる仏頂面とは180度反転してとても優しく、初めて見た時から私は中村くんのとりこになった。
人って色んな顔がある。なんて大人っぽいことを考えるようになったのは、彼のおかげだ。
「あ、ありがと!」
お礼を言うも、反応がない。
表情を伺うと、彼の視線は廊下の先に向けられていた。
つられてその目の先を見つめる。
見なくても分かっていたけど、やっぱりそこには白衣をまとった坂木先生がいた。
入学してから4ヶ月。ちょっとずつ中村くんにちょっかいをかけて距離を縮めてきた私は、少しは彼と仲良しな自信があった。だけどそこから先に進めないことも分かっていた。
「坂木先生、おはよー!」
「おはよ、今日は顔色いいわね」
「うん、先生のおかげ!」
生徒達と楽しそうに会話するその様子は、他の教師と違っていつも凛としていた。生徒に怯えるでも媚びるでもなく、一人の人間として対等に見てくれる。
だから、そんなところがきっと。
視線を中村くんに戻すと、彼はまだ坂木先生を見つめていた。
「中村くん」
「ん?ああ、まだいたのか」
「失礼な。いますよーだ。」
本当はラムネだって開けられるし、私に向ける表情の3歩先だって知ってるの。
でも、もう少しだけ。
「また開けてね!」
「…おう。」
片手をあげてゆっくり遠ざかっていく彼の背を見ながら、ラムネを1口飲んだ。
甘くてしゅわしゅわ、ほんのりにがい。
どれが欠けても、多すぎてもくずれる微妙な均衡。
それが私の初恋です。
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