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俺達の国は、貧富の差がとても激しい。
そのくせ科学技術は世界最高水準で、
だから倫理とか人権とか
人間の基本的な事への感覚がとても鈍感だ。
そう、貧民窟一の飲んだくれだった爺さんは言った。
3日後、爺さんは定位置だったアパート玄関の階段から消え、
二度と帰ってこなかった。
子供を一人前にするにはカネがかかる。
国は、忙しく有能な富裕層の時間を節約するために、
彼らの遺伝子を最高の組み合わせで掛け合わせ
貧乏人の若く健康な体で培養し、
取り出すことを思いついた。
貧民層の繁殖をコントロールしないのは、
培養のための母体と戦争で消費する兵隊をストックするためだ。
彼女は誰の子か分からない腹の子を、
受精卵の頃からとてもよく面倒を見た。
貧民層の数少ない美点の一つとされる、
富裕層よりわずかに多く持っている
愛情とかいう「下等な」ぬくもりを
彼女が腹の子にたっぷりと与えているのを見るのは
とても辛かった。
「うん…。仕方ないよ。そういうものでしょう?
学校で習ったもの。」
最後は涙声。
「俺さ、最高ランクの操縦ライセンス、やっととれたよ。」
ポケットで温めていたカードを取り出し、精一杯明るく言う。
「すごいわね 」
彼女は目を丸くしてまじまじとカードを見つめる。
そうさ。
これを手に入れたらやりたい事があった。
だから、みんながどんどん脱落していった
あの辛い訓練に耐えることができた。
「明日の晩、夜中にテスト飛行するんだ。観に来いよ」
「いいの?」
「ああ!赤ちゃんと一緒に、俺の雄姿見てくれよ。
俺が希望すればお前を乗せてやれるぜ。
それが済んだら俺も兵役だ」
「うん…」
俺一人の秘密のテスト飛行。
準備は整っている。
彼女を乗せて、子供もろとも国境を越える。
3人で生まれ変わるんだ。
「3人で、飛ぼうぜ」
精一杯微笑んで見せた彼女の顔に、再び冬の西日が差す。
古ぼけ色あせた街に
アンジェラスの鐘がほとんど皮肉としか思えない程
それはそれは美しい音色で降って来た。
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