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「こちらはあたためますか?」
仕事上にこやかに聞くと、返事はしないものの、客が軽くうなずいたので、表示時間通りにラーメンをあたためた。チンと鳴ったレンジからそれを取り出して、待っていた客に渡し、お待たせしましたとこれまたにこやかに述べたのだった。
すると驚いたことに、客が急に怒り出したではないか。怒られる理由がわからずに困惑しつつ、言い分を聞けば、あたためたラーメンが熱すぎるという。あたためたのだから、熱くなるに決まっている、というより熱くならねばだめなのだ。それを、熱すぎるとはどういうことか。
過ぎると言ったって、金属やマグマでもあるまいし、数百℃に達するわけではない。それにたとえ一瞬は高温になったとしても、一秒ごとにどんどん冷めつづけているはずで、少し待てば食べごろになる。
しかしこちらは立場の弱い店員、客に口ごたえもできず、すみませんと頭を下げ、新品の同じラーメンを用意し、今度は8割程度の時間にあたためた。すると今度はお前の態度はなんだ、とキレられた。
なんだと言われても、マニュアル通り、できる範囲でそこそこ愛想よくやっているつもりだ。なのに、なに? この理不尽さ。ただの八つ当たりじゃないか。まったくやっていられない。
そんなわけで最悪の気分だった。
頭にきて、帰りについ衝動買いしてしまった。前から買おうか迷っていて、なんとなくどっちでもいいかと後回しにしていた、最新のパソコンだ。それでも腹の虫が収まらなかったので、ついでにプリンターも買い換えてしまった。
配達ではめんどうなので、車に運んでもらうことにする。カートに段ボールを積んで引いてきたのは、なんと先ほどコンビニに来たクレーム客だった。
「お車はどちらですか?」
きまり悪さをおくびにも出さず、ぬけぬけと相手は言ったが、自分が指した車を見たら、かすかに舌打ちする音が聞こえた。
キーを開け、メルセデスの荷室に段ボールを積んでもらう。
「ありがとうございました」とぼそりと言う相手に、「いえ、こちらこそ、運んでもらってすみませんでしたね」と微笑んでやった。
帰り道、ハンドルを握る手がすこし軽い。いやな一日だったが、いくらか気分がすっきりした。
職業で人を判断してはいけないな。
ある時はコンビニ店員だが、本業は会社経営、なんてこともあるからね。
終わり
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