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「おれに物を言えるのは、勝ったやつだけだよ」  影浦仁(かげうら じん)はさらに言い放つ。 「約束だ。成田、お前には屈辱を味わってもらおう」  獲物を前にした狼のように目を細めて、怪物は笑った。  料飲店を回る、というごく基本的に思えるような営業の業務が、近ごろではすっかり縮小されていて寂しい。  そんな愚痴を、目の前のイタリアンレストランのオーナーは、何度も何度も口にした。膝を揺すり、眉を寄せて、タバコを出したり仕舞ったりしながら。これは、店の売り上げが悪いときに現れる彼のクセだった。 「きみのところ、最近ちょっと味落ちたよね。おれはさ、昔の苦くて濃いラガーが好きだったんだよ。それが何、軟弱な味になっちゃってさ。もうどこの店も、ウルトラドライ一色だよ。ほら、あれはのど越しがいいから。夏なんて特にね。油ものとも合うし。ちょっとね、乗り換えようかなと考えてるんだよね。だって君のところ、安くなんないでしょ?成田くん」     
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