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『何聴いてんだ?』
影浦の、興味なんて1mmもなさそうな声が聞こえる。おれが答えずにいると、やつは勝手に右耳のイヤホンを抜き取って、自分の耳に突っ込んだ。
『フー・ファイターズなんか聴くのか、お前』
知っていることに驚いて視線を上げると、奴は顎を上げて、得意気にニヤリと笑った。いつもの営業用の、気品のある、美しい微笑ではない。とても野卑な、だからこそ魅力的な笑みだった。
『All My Lifeだろ。おれは、The Pretenderのほうが好きだったけど……』
あの日以外にも、営業先で影浦と会ったことがある。何度か言葉も交わしたが、影浦はおれのことなんか認識していなかったし、名前も知らなかっただろう。
『もう聴かないけどな、あの手の音楽』
興味をなくした影浦は、イヤホンの片方をおれの頭にぽいと投げつけた。苛立ち半分、疑問半分で、手のひらの中にあった缶コーヒーをベンチに置いた。
『なぜ』
質問には答えずに、影浦は両手をあげて手のひらをおれのほうへ向けた。それから耳元に顔を寄せて、低い声で嘲るように囁いた。
『―――は、まだ持ってるのか?』
柔らかそうなこげ茶色の前髪が、まつげの長い、形のいい眼にひと房落ちた。
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