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「どうしてこんなに売り上げが上がらないんだ!!」  今日も元気に新しい支店長が叫び声をあげている。  朝礼という名のつるし上げ会が始まっても、おれも影浦も羽田もどこ吹く風で顔だけは神妙なフリをしていた。慣れてきた、ということもある。 「お前らは飾りか、給料泥棒か、何をしに街まわってんだ、ガソリンを消費して帰ってくるだけか?さっさと数字取ってこい!情けなくないのか、万年最下位支店だなんて言われて、負け犬根性がしみついてんのか、ああ!?」  いくらおれや影浦が営業として有能だとしても、配属されて3週間で契約をモリモリ取ってこられるほど甘い世界ではない。それは支店長も分かっていると思うのだが、彼は大声を上げて営業マンを詰めれば数字が上がると思っているきわめて古いタイプの管理監督者だった。まことに迷惑な話である。喚いた程度で数字が取れるなら、とっくにこの支店は最下位から脱している。 「そもそもなあ、おれの若いころは」  定例の昔話、武勇伝、偉人たちの言葉の引用などが始まったころには、すでに違うことを考えていた。主にいま、配属されている地であるここ、和歌山県のことなどだ。  異動してくる前に和歌山県のことを調べたときは、美しい海や、熊野古道で有名な紀伊山地、それにありがたみが薄れそうなたくさんのパンダのことなんかが出てきて観光の街なのかと思っていた。  ところが実際に住んで仕事をしてみると少し印象が違う。山と海と川があるところはおれの生まれ故郷とそっくりだけど、海も山の風も匂いがやはり異なっていた。 「ちょっと、成田先輩。朝礼終わりましたよ」  羽田に耳打ちされ袖を引かれて、おれはようやく自席に座った。影浦は支店長の後ろ姿にこっそり中指を立てていたが、急に支店長が振り返ったので何事もなかったかのように、困った感じの微笑を浮かべて頭を下げた。
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