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 友人や知人が誰かを可愛いとか、好きだとか言うたびに焦った。  生きていたらいつか誰かを好きになるのだろう、と考えていたけれど、自分には、一向に訪れる気配がなかったのだ。  恋。いや、恋という名の性欲。どちらでもいい。とにかく、そういったものが全くないまま幼稚園を出て小学生になり、弟ができて中学生になり、高校生になった。けれど、どう頑張っても自分には「そういう」衝動が生まれなかった。周囲の同級生たちが、制服の下からわずかに透けている女子の下着のラインや、可愛い女の子から漂ういい匂いにざわついている頃、おれはひたすらボールを追いかけ、腕を上げて決まった場所めがけて投げ続けていた。泥にまみれ、汗をかいて、真っ黒に日焼けをして。 ――多分、懸命に目をそらし、逃げ続けていた。  見なければ、気づかなければなかったことになると信じたかった。
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