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和彦の腹が決まったと、口調から感じ取ったらしい。鷹津は唇の端を動かすだけの笑みを浮かべたあと、片手を突き出して無遠慮に要求してきた。
「携帯を出せ。しばらく預かっておく」
鷹津の要求が至極当然であることを認め、和彦はジャケットのポケットから取り出した携帯電話を渡す。鷹津は、和彦が見ている前で電源を切った。
「あとで返してくれ」
「はっ、総和会会長と長嶺組組長直通の番号が入った携帯なんて、誰も盗りゃしねーよ」
その二人の〈オンナ〉である和彦を連れ歩こうとしているのだから、矛盾もいいところだ。
和彦が胡乱な眼差しを向けると、鷹津自身、自覚はあるらしく、皮肉げな表情であごをしゃくった。
「車はそこの駐車場だ」
鷹津が歩調を速めたので、和彦は小走りで追いかけた。
イスに腰掛けた和彦は、両足を伸ばして爪先を動かしてみる。さきほどから少し足が痛かった。歩き回ったせいもあるだろうが、一番の原因は、買ったばかりの靴がまだ足に馴染んでいないからだ。
カジュアルな服装に合わせたスエードのモカシンは、これからの季節にぴったりの渋いチョコレート色で、一目見て気に入った。和彦だけではなく、鷹津も。
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