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甲高いはしゃぎ声が聞こえて、和彦は顔を上げる。幼い子供二人が、大きな水槽に張り付くようにして魚を見ていた。今日は土曜日だけあって、水族館には家族連れが多い。もちろん、カップルも目につき、いい歳をした男二人で歩いていると、居たたまれない気持ちになるのだ。
「……ちょっとした嫌がらせだ」
小さな声でぼやくと、前触れもなく缶コーヒーが目の前に突き出された。驚いた和彦は目を丸くしながらも、素直に受け取る。鷹津が隣に腰掛け、黙々と缶に口をつける。
感じる違和感が尋常ではなかった。何年ぶりかに訪れた水族館の同行者が、よりによって鷹津なのだ。しかも、和彦から言い出したわけではない。
「――やっぱり、あんたはおかしい」
沈黙に耐え切れず和彦がぽつりと洩らすと、短く声を洩らして鷹津は笑う。
「服を一揃え買ってやったのに、その言い方はないだろ」
「それが、おかしいと言うんだ」
和彦は自分の格好を見下ろす。秦の店が入るビルから連れ出されたあと、まずは速やかにその場を離れて、車は別の駐車場に停めてから、今度はタクシーで移動した。向かった先はデパートで、鷹津が選び、購入した、薄手のニットとパンツ、コートと靴に着替えたのだ。
鷹津らしからぬ散財ぶりは、総和会にケンカを売るような行動もあいまって、和彦をひたすら困惑させる。それゆえの『おかしい』という発言なのだが、鷹津は自分の行動を説明する気はさらさらないようだった。
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