第36話(1)

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 ビルを出ると、大通りとは逆方向へと向かって、ほとんど小走りで移動する。息が上がりかけたところで傍らにスッと車が停まり、和彦は素早く乗り込んだ。  シートベルトを締めながら隣に目をやると、朝、和彦が運び込んでおいたボストンバッグだけではなく、見覚えのないガーメントバッグもある。 「……これ、ダークスーツが入っているのかな……」  思わず呟いた和彦に応じたのは、ハンドルを握る長嶺組の組員だ。 「いえ、普通のスーツです。あちら――清道会からの要望だそうで、堅苦しい席ではないからということで。時間がなかったため、さすがにオーダーメイドというわけにはいきませんが、先生に似合いそうだとおっしゃられて、組長自ら選ばれたものです」  そうなのか、と和彦は口中で洩らす。慌しい思いをしたのは、どうやら自分だけではないらしく、和彦を送り出す長嶺組も、いろいろと準備に追われたようだ。  シートに身を預け、すっかり日が落ちるのが早くなった外の景色を眺めていると、ここ最近のうちに自分の身に起きたことが、遠い昔のことのように思えてくる。     
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