第37話(1)

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 湯から上がり、浴衣に袖を通した和彦は鏡の前に立つ。後ろめたさと羞恥を噛み締めながら、鏡に映る自分の体を凝視する。  約一週間前、玲によってつけられた無数の愛撫の跡は、目に見える範囲ではすでに消えている。和彦は胸元に軽く指先を這わせてから、浴衣の前を合わせた。  帯を締め、濡れた髪を掻き上げてから、もう一度だけ鏡の中の自分を一瞥して、脱衣所をあとにする。向かうのは、賢吾の部屋だ。  障子を開けると、いつもなら座卓で悠然と待ち構えているはずの男の姿はなく、一瞬困惑した和彦だが、すぐに隣の寝室に電気がついていることに気づく。おそるおそる歩み寄ると、思った通り、賢吾はいた。  すでに床が延べられており、その傍らに胡坐をかいて座っている姿を見て、和彦の心臓の鼓動は大きく跳ねる。  今晩は、なんのために本宅に呼ばれたのか、十分に理解している。久しぶりに〈オンナ〉としての務めを果たすためだ。  賢吾としては、これ以上ない寛容さと忍耐力を持って、和彦の精神が安定するのを待っていたのだろう。それとも、〈あの男〉の面影が和彦の中から薄れるのを待っていたのか――。     
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