第37話(1)

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 湯上がりのせいばかりではなく、ますます熱くなっていく頬の熱を意識したくなくて、取り留めなくあれこれと考え、立ち尽くす。そんな和彦に、賢吾は薄い笑みを向けてくる。この瞬間、意識のすべてが、目の前の男に奪われる。  手招きされ、側に歩み寄る。促されるまま傍らに腰を下ろすと、すかさず肩を抱かれた。間近からじっと見つめられて、最初は落ち着きなく視線をさまよわせていた和彦だが、眼差しの威力には逆らえない。おずおずと見つめ返した。  心の奥底まで浚ってくるような賢吾の目に、ちらちらと大蛇の影が見える。ずいぶん久しぶりに、この目を直視した気がした。  執着心と独占欲の塊のような男に、どれだけの我慢を強いたのだろうかと想像した次の瞬間、己の自惚れぶりに和彦はひどくうろたえる。  ここで賢吾が、ふっと表情を和らげた。 「お前は意外に、表情がころころと変わる」  いきなり『お前』と呼ばれて、それだけで胸の奥がジンと疼いた。 「ほら、また変わった。……艶っぽい、いやらしい顔になった」  囁きながら賢吾の唇がそっと重なり、和彦は細い声を洩らす。もっと触れてほしい、と率直に感じた。  濡れた後ろ髪を手荒くまさぐられながら、二度、三度と賢吾と唇を啄み合う。穏やかな口づけの合間に賢吾に問われた。 「――浮気しただろう、和彦」  ピクリと体を震わせた和彦は、咄嗟に怯えの表情を浮かべる。正直すぎる和彦の反応に、賢吾は苦笑した。 「秋慈か?」     
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