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気にかけるべきことは他にあると頭の冷静な部分ではわかっているが、気持ちが、鷹津の存在に引きずられている。引きずられすぎて、誰かにそれを悟られる事態だけは、避けたかった。
「今夜はもうお開きということでいいですか?」
案の定、中嶋のほうから切り出してくる。和彦は頷き、二人並んで通りを歩き始める。
「タクシーが捕まりそうなところまで、少し歩きましょう。その間、俺の愚痴につき合ってください」
本当に愚痴をこぼしたくて堪らないといった中嶋の口ぶりに、苦笑しながら和彦は頷く。
「愚痴は聞くけど、アドバイスはできないからな」
「……先生の普段の生活を知っていると、恐れ多くて、そんなもの求められません」
どういう意味だろうかと思ったが、とりあえず今は黙って中嶋の愚痴を聞くことにする。
ただ、もう一度だけと思いながら、鷹津が消えた方向を和彦はそっと見遣った。
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