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遠い場所で潜伏していると思われた鷹津が、実は自分の動向を探り、さらには側にまでやってきたと知ったところで、喜びはなかった。いや、湧き起ころうとするその感情を、懸命に抑えつけていた。
鷹津は、二つの組織から追われている身で、さらに俊哉とも通じている。危険極まりない存在だ。だから、鷹津と会ってはいけない。鷹津のことを誰にも言ってはいけない。
そう心の中で繰り返していると、仮眠室のドアをノックされた。そろそろ予約の時間だと告げられ、平静を装って返事をする。
「今行くよ」
和彦は携帯電話の電源を切ると、何事もなかった顔で仮眠室を出た。
胸の奥がずっとモヤモヤしている。
何度目かの寝返りを打った和彦は、とうとう目を閉じ続けていることを諦めた。寝室の暗い天井を見上げ、金曜日までの日数を数えてから、憂鬱なため息をつく。
二日続けてなかなか寝付けず、だからといって安定剤を飲むのもためらわれ、今夜は早めにベッドに入ってはみたのだが、結局無駄に終わりそうだ。
俊哉と会うことと、自分の周辺に及ぼす影響について取り留めなく考えては、自ら睡魔を遠くに押しやっている気がするが、何も考えないというのはまた恐ろしいのだ。考え続けることで、暗澹たる気持ちとなり、罰を受けているような錯覚に陥る。その状態が、一種の安楽さに繋がっている。
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