第1話 僕が記憶をなくした理由

1/6
32人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ

第1話 僕が記憶をなくした理由

 鼻孔に香ばしい匂いが広がった。ターメリック、レッドチリ、クミン、コリアンダー。さまざまなスパイスが混ざり合った中に少しだけ香るトマトの匂い。これは我が家のカレーの匂いだ。今朝もカレーか。そう思いつつ、僕は重い瞼を開く。  目の前には見慣れない天井の色があった。僕の家ではない。目を開けるまで家の自室で寝ているものとばかり思っていたのに。今いる場所を確認しようと慌てて起き上がる。途端、体の節々が鈍く痛み出した。同時に脳がふわっと浮かび上がる感覚に襲われる。瞬きするとその感覚も失われ、鼻の奥がツーンとこそばゆくなった。鼻の根元を抑えつつも、辺りを見回す。僕はベッドの上にいた。その周りを囲むように白いカーテンが掛けられている。状況から察するに病院だろうか?  するとカーテンが開かれ、白衣を着た女性が現れた。 「よかった。目が覚めたのね」  そう言ったのは、うちの学校の養護教諭・瀬古(せこ)先生だった。ということは、ここは保健室か。瀬古先生はベッドの脇に立つと、僕の顔をまじまじと見てきた。 「やっぱりまだ腫れてるわね。ごめんね、痛かったでしょ?」  瀬古先生は申し訳なさそうに言ってきた。だが、なぜ謝られているのかまったくわからない。 「覚えてない? その時にはもう意識がなかったのかしら?」  瀬古先生の話していることがまったく理解できず、そのままキョトンとしていると、察したのか瀬古先生はまた話し始める。 「あなた保健室の前で倒れてたでしょ? 気付かなくって顔面蹴っちゃったのよ」
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!