第3話 僕とカレー《真実編》

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 ボールが迫ってきたあの瞬間、殴打の痛みを思い出し、少しだけ心臓が縮み上がった。もうほとんど直ったと思っていたのに、またこんな小さなところで躓くなんて。  もう学校の校舎の中でフラッシュバックが起きることはなくなった。暴力的な場面ではまだあの日のことを思い出してダメになってしまうけれど、それも滅多に遭遇するものではないし、大丈夫だと思っていたのに。  気持ちに影が差してしまっていることに気付いて、思考を振り払う。大丈夫だ。言い聞かせるように心の中でつぶやきながら、一歩一歩階段を降りていたその時。背後から能天気な声が聞こえてきた。 「広!」  真ん中あたりまで下りたところで不機嫌な顔で振り返ると、予想外の状況に思わず目を見開いた。梅沢がスーパーマンみたいな恰好で宙を飛んでいたのだ。そのまま前のめりに飛んできて、影が被さる。梅沢の身体が迫ってくる。勢いのまま僕の体は押し倒され、景色がひっくり返った。  上手く受け身を取れずに脇腹を強かに打って、頬を地面にぶつける。鈍い痛みが瞬間的にあの日の記憶を引っ張り出す。記憶の海に沈みそうになった時、引き止めるように肩を掴まれて、僕は我に返った。 「広、大丈夫? 怪我ない?」  呼び掛けられたその声はやけに頼もしくて、支えてくれている腕は思いの外がっしりとしていた。梅沢にもこんな男らしい面があるのかと少し驚きつつも、まだ過去の記憶の余韻に引っ張られて、上手く反応できない。見透かされたくなくて、思わず顔を背けてしまった。 「大丈夫。ゴミ出し行かなきゃいけないから」  素っ気なく言って、逃げるようにその場から立ち去った。とにかくどこか人のいないところで気持ちを落ち着けようと、階段を下りる足が早くなる。校舎を出て渡り廊下を抜け、体育倉庫の裏に向かおうとしたその時、人の気配に気付いて立ち止まる。陰に隠れてそっと様子を窺ってみると、一人の男子生徒を囲んで大きなガラの悪い三人が立っていた。会話はよく聞こえないが、これはまずいパターンな気がする。押し込めようとした過去の記憶が再び浮かびってきて、数秒思考が停止する。動悸がひどくなってきて危険を感じ、その場を離れようとしたその時だった。不良の怒声がひとつ、耳に飛び込んでくる。 「―と、三田ぁ!!」
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