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「大丈夫、なんでもない。全部、思い出したんだ」
悲しくて辛いだけだった過去の記憶が、今日一日の出来事を思い出した今、不思議と心穏やかに感じられる。つぶやいた声も心なしか柔らかになっている気がした。この記憶をもう忘れてはいけないと、染み込ませるように目を瞑り、そしてゆっくりと開いた。
「本当に?」
瀬古先生が心配そうな声で問いかけてきて、僕は頷きながら答える。
「はい……。声が、聞こえて、なんか……助けなきゃって思って……」
けれど、どう話せばいいか迷って途切れ途切れにしか言葉を紡げずにいると、竹本がぽつりとつぶやく。
「普段のお前だったら逃げそうなのにな」
その言葉に顔を上げると、竹本が真っすぐに僕を見ていた。その視線がなにか見透かそうとしているように思えて、僕はたまらず目を逸らす。過去のことはまだ、知られたくない。けれど、少しだけ話したくなって、おもむろに口を開いた。
「……あの、昔、いろいろあって……殴るのも殴られるのも嫌なんだよ。見過ごすのも嫌だっただけ」
カッコつけすぎた気もするが、今はこんな言い方しかできなかった。すると、彼ー三田君が目を輝かせてたどたどしくも切り出した。
「僕は、ヒロ先輩はすごいと思います。思ってても実際にはなかなかできることじゃないし……ヒロ先輩は、僕のヒーローです!」
「あ、ありがとう」
「なんかダジャレみたいだね」
一瞬過った思考を、梅沢が空気を読まないで口走った。すかさず竹本が無言で梅沢を小突くが、三田君の顔はすでに真っ赤に染まっている。その様子になんだかこっちが申し訳なくなってきた。
「ね、ねぇ、松井君。結局、記憶喪失になった原因は何だったの?」
瀬古先生が無理矢理話題を変えさせるように僕に訊いてくれて、少しほっとする。けれど急に話を振られて若干焦り、えっと、とつぶやきながらも、頭の中で思考を巡らせてから、静かに答えた。
「たぶん俺の精神的ショックもあったんだと思いますけど、直接的な原因は……」
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