第2話 カレーと僕《過去編》

14/14
32人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
 一皿分のカレーを食べ終えた後は、さすがに何日も食べていない状態だったからか、丸一日吐き気に襲われた。けれど、ここでまた吐いてしまったら辛い日々に逆戻りしてしまうと思い、死んでも吐くもんかとベッドの上で口を押さえてじっと耐えていた。すると、いつの間にか眠ってしまったらしく、次に目を覚ました時には心なしか身体が軽くなっているように感じた。    *  それ以来、元の生活を送れるようになった、なんてうまいことにはならなくて、食事は取れるようになったけれど、学校に行こうとすればあの日のことを思い出して震えが止まらなくなったり、気持ちが沈んでしまったりしてなかなか思うようにいかない日々が続いた。けれど、母に連れられて有坂先生に薦められた精神科の病院に行き、カウンセリングや対症療法を受けるうちに少しずつ調子を取り戻していった。ようやく回復した頃にはすでに三年生の春を迎えていた。  学校に復帰してからもやっぱり順風満帆とはいかなくて、林や渡り廊下を目の当たりにしたり、暴力的な場面に出くわしたりするとフラッシュバックが起きて体調を崩すことも多くなった。けれど、有坂先生は何かあると献身的にサポートしてくれたし、周りにも理解を促してくれたらしく、他のクラスメートも辛い時には手を貸してくれた。特に親しい友達はいなかったけれど、僕は一人ではない。いろんな人に支えられて今、生きていられるのだと強く実感した。  その中でも一番支えになってくれたのはやっぱり家族だった。父は僕がどんなに躓いても決して批難したりせず、黙って見守って肩を貸してくれたし、母は僕が落ち込んでいる時は決まって、カレーを作ってくれた。  実は食べられるようになったあの日から数日は、僕はカレーしか口にすることができなかった。そのせいで食卓にカレーが並ぶ日が一週間も続いて、それでも嫌な顔一つせず、二人とも付き合ってくれていたのを覚えている。そのことで未だに母は僕に何か異変があると、カレーを一週間も続けて作ってくれる。今ではカレーメニューを作らせたら右に出る主婦はいないんじゃないかと言うほど母のカレー料理のレパートリーは豊富になっていた。  カレーを食べればあの時の決意を思い出して、強く生きなければと勇気をもらえる。あの辛さが、あたたかさが僕に力を与えてくれて、あの少しの酸味が僕を奮起させてくれる。一口、一口を大切に味わいながら、僕は日々カレーを食べ続けていた。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!