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ぼんやりと人混みを眺めていると、フェア会場から半ば飛び出すように、彼が戻って来た。どうやらチョコは買えたらしい。
「ごめん、遅くなって。すごい人だよね」
「女の人もお返し買うようになったからね」
女子のパワーはすごい。同じ女子でも、傍から見ればそのパワーの凄さに感嘆してしまうものだ。とりあえず、早く帰りたい。
「行こう」
「あ、ちょっと待って」
会場を後にしようとする私を呼び止めた彼は、自分の持つ斜め掛けカバンをごそごそさせていた。
「これ、春日にも。ほら、3倍返し」
彼の手にはパステルピンクの箱があった。
「くれるの?」
目を瞠る私をさもありなんと見つめる彼。そして、話し出す。彼から目を逸らせない。
「うん、だって、あのチョコ一粒でも結構高いもんなんだね。いい勉強になったよ。だからさ、『春の星見会』一緒に行こうよ」
胸の奥で膨らみ続けていた何かが弾けるよう気がした。あれ、何となく頬が熱い。息も苦しい。そうだ、深呼吸しなくちゃ。その仕草がばれてしまわないようわざと一歩前へ出る。
「無理そう?」
彼の声がほんの少し背後から寂しそうに響いた。胸を膨らませて息をする。あれ、だけど全然酸素が足りない。もらったものに視線を落とし、顔のほてりに気付かれないように彼に応える。
「ううん。ちゃんと予定しとく」
「よかった。待ってるから」
ちらりと見遣ったら、彼の安心した表情が私を追い抜いて行くのが見えた。真っ直ぐに彼の背を見つめる。
そう、真っ直ぐに。
パステルピンクの箱の窓から三色のマカロンが並んで見えていた。
いちご、バニラ、ピスタチオ。
三月三日に相応しい色づかいは、本当に彼らしいと思った。
私は彼の横に急ぎ足で並んだ。僅かに見上げる先にある彼の顔。その顔を見る度に疼いていたしこりの様なものを抱くのはもう嫌だ。
「うん、あのさ……」
宮木がきょとんと私を見下ろしていた。私は一気に言葉を吐きだした。
「宮木ってその彼女と付き合ってるの?」
視線を前方へ戻しながら、宮木が柔和に微笑む。
「付き合うわけないじゃん」
あれ。なんだろう。胸がどきどきする。ざわめきが止まらない。
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