1人が本棚に入れています
本棚に追加
門を曲がると、大きなわらじが見えた。
八重子は幼い頃の記憶の中から、仁王様を思い出して足取りが重くなっていた。
もう、孝一の背中にしがみ付ける程子供でもない。
それでもわざと下を向き、孝一が助けてくれのを待った。
山門の前でたたずむ八重子。
上目使いで垣間見ると、仁王様はまだそこにいた。
思わず後退りする八重子を見て、孝一は笑った。
恐がりの八重子を自分の前に押し出し、孝一はそっと目隠しをして参道へと誘った。
八重子は、指の隙間からほんの少し見える仁王様を睨みながら孝一に従った。
(緒になれて良かった)
八重子の心に孝一の優しさが染みていた。
境内では桜が満開だった。
特に本堂近くにある古木が見事だった。
孝一はまず、先祖の墓に八重子を連れていった。
出兵と結婚の報告をすることで、八重子と家族を守ってもらおうとしたのだった。
それは紛れもない一つの愛の形でもあった。
孝一明日、日本が勝利することを信じて戦地に赴く。
愛する妻を、愛する祖国を異国の敵から守り抜くために。
次に孝一は本堂を上がり、右端にある観音様の前に八重子を連れていった。
「この観音様は子育て観音と言って、子供を守ってくれると聞いている。もしかしたらおまえの身体の中に、俺の子供が宿っているかも知れない。いや宿っていてほしい。今度の戦争で死ぬことがあっても、俺の命、魂はおまえによって受け継がれる」
孝一は八重子の手を握り締めていた。本当は強く抱き締めたかった。
でも人目があった。
戦時下では男女でいるだけで、非国民扱いされた。
それが例え夫婦であっても……
穏やかそうな笑顔で、じっと子供を見つめる観音様。
八重子も愛しそうに、観音様の胸に抱かれた子供を見ていた。
「実は、隠れキリシタンの聖母じゃないかという人もいてね」
孝一は耳打ちをした。
英語が禁止されていたからだった。
「分かる、マリア様でしょう」
八重子も気を使って小声で言った。
「きっとそうだわ」
八重子は胸を出したマリア様に手を合わせて、孝一の無事をひたすら祈っていた。
最初のコメントを投稿しよう!