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出入口すぐの椅子に深く腰をかけて、ゆっくりと息を吐く。
千果が何に怒っていたのかはさっぱりわからない上に、告白出来なかったという事実が重く胸にのし掛かっていた。
電車の中に降り注ぐ日の光が、車内の手摺に反射して光っていた。
もう1度長い息を吐きだしながらポケットに手を突っ込むと、指先に触れるものがあった。
ついさっき、千果に貰った飴だった。
広志はそのまま飴を引っ張り出して、力ない手つきで透明なフィルムを破く。そのまま大して良く見ることもせず口の中に入れた。
口に入れてすぐ、違和感がある。
思ったような清涼感がこない。
薄荷だと思って貰った飴は、薄荷ではないようだった。
口の中に神経を集中させて、味を確かめる。
社内アナウンスが広志の乗る電車の行先を告げた。
発射ベルが鳴る。
その味は、
レモンだった。
千果の言葉が蘇る。
――レモンが1番美味しい
――自分の大切な人に自分の今1番好きなものあげたいって気持ち、わかるなぁ
広志は座っていた椅子から急いで立ち上がると、閉まりかけた扉をギリギリですり抜けた。
前のめりになった体をどうにか引き起こし、つい先ほど下りた階段を、今度は全力で駆けあがる。
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