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なんと傘を持っていた!
コウモリ傘を持った男に気をつけろ
(言われなくても気をつける!)
傘は、その名の通りコウモリの翼のように黒い。鈍く光る真鍮の骨に、細く尖った先端。ハンドルは獣の木彫が施されていて、英国紳士が持つステッキのようだ。
まるで相応しくない。
馬面男が普通じゃないことはベビーカーの赤ん坊だって気づくはず。 雅人の脳裡に"万引犯”の文字が過った。
「隠れん坊はおしめーだ。出てこいや」
馬面男は輩声を張りあげる。車両の中を行ったり来たりしながら乗客一人一人顔を凝視した。
「おめーか?」
「おめーか?」
長い腕を伸ばし、手当たり次第に傘の先端を差し向ける。
(巻き込まれるのは勘弁だ)
男の尋常ではない行動に気圧される。雅人も他の乗客たちも馬面男に関わらないよう俯いた。
男は傘を振り回す。
車輪のようにぶんぶん振り回す。
危ないことこのうえない。
ベビーカーに当たりやしないかと、雅人は内心肝を冷やした。
不意に馬面男の傘が進行方向に向いくてピタリと止まった。
「あっちか」
そう呟くと貫通扉から一つ前の車両に行ってしまった。
戸扉は一度だけ跳ね返ってからパタンと閉じた。
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