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「ならば何故早く、追いかけてさしあげないのですか」
伊東の責めるような眼差しが向けられた。
「追いかけてどうしますか。追うということは隊規に従い、連れ戻さなければならなくなる、そうなれば切腹です」
早口に返した土方の苦痛の声音に、
伊東が息を呑み。
「・・・山南さんは、今夜もここに居たことにする」
土方は、続けた。
「これを聞いた以上、貴方にも内密にしていただく。宜しいですか」
「私からも頼む。伊東さん」
背後から近藤の声が追った。
土方達が、山南をそのまま逃そうとしている。
伊東は、理解したのだ。
頷き。
暫し後、静かに障子を閉め、伊東は去った。
庭先をゆく悲しげな足取りの袴捌きが、土方たちの耳に長く残った。
「近藤さん、」
土方が意を決したのは、それから四日後の事だった。
行灯の造る橙が、土方の呼びかけにこちらを向いた近藤の、四角い横顔を仄かに照らした。
「もう四日だ。さすがに、これ以上は、伏せていた事がもしも発覚した時には、言い訳がたたない」
「ああ・・・そうだな。・・ “今朝になったら居なくなっていた” と、明朝に皆には伝えよう」
苦痛に頬を歪ませる近藤の、囁くような声が返ってきた。
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