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「その女・・貴様の女だな」
冬乃を狙った男が、舌打ちし。手の内に潜めていた短刀を、ひゅっと回し、構え直す。
沖田が冬乃を引き寄せるのが、あと一寸でも遅れていれば、あの刃が冬乃を捕らえていただろう。
三人の背後の縄を切ったのも、この男か。
みたところ掌に納まるほどの小さな短刀だ、袖内の腕にでも括りつけて備えていたのだろうが、その短刀で何が出来るつもりか。
おとなしく縄についていれば良いものを。
先程やけに素直に剣を捨てたとは思ったが、この抵抗から察するに後の機会を狙っての事だったのだろう。
要するに彼らは、己の持つ全ての技で闘い抜く死を選ぶということか。牢に拘束される事など端から選びもせず。
沖田を葬るためにその命を懸けてくる、
共に武士同士、最早それに応えてやるより他無いにせよ。
沖田の胸内を、憐れみにすら似た一抹の憤りが奔る。
三人が、攻撃をしかけてこない沖田から、今のうちにとでも思ったか、
沖田の間合いから少しでも外れるべく駕籠のほうへ精一杯に後退り、距離を取ろうとしているのを。
沖田はそうして寒々とした想いで、眺めた。
どんなに後退ろうとも、そこは沖田の完全なる間合いの内に変わりはない。
―――悪あがき
どちらが、か。
背後からは冬乃の戸惑いとも取れる気配を感じる。
突っ立ったままで、彼らの生きる時間をほんの刹那でも、いたずらに延ばしているかの沖田への、戸惑いか。
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