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行きつけと言っても憚らないほど通っていたバーで斎藤宏樹は面白い話しを耳に挟んだ。
斎藤よりも遥かに年上の、父親ほどの年齢だろうか、白髪がちらほらと見える紳士がグラスを傾けながらマスターに語っていた話しがふと耳に入ってきた。
高級そうな仕立てのいいスーツはオーダーメイドだろうか、色といいデザインといい、嫌味なく着こなして見えるのはやはり重ねた年齢のせいか。
落ち着いた低い声でマスターに話しかける紳士に斎藤はお聞きしてもかまいませんかと一応伺いを立て、了承を得てから紳士と斎藤の間の空けられていた席に移った。
紳士は珍しく面白い店があってね、と切り出した。
「店の名前も電話もわからないんだ、誰も知らない。これも行ったことのある誰かが呼んだんだろうけど、匂蕃茉莉の店、と」
ニオイバンマツリ………??
聞いたこともない。
首を傾げた斎藤に紳士はふっと笑い掛け、私もわからなかったよと言った。
「店の名前も住所もわからない、
その店に行ったことがある者か、或いは行ったことがある者の紹介でしか訪れることができないらしい。
極めつけは例え紹介状があったとしても、その日その時店主が望まなければその店には辿り着けないときている」
はっはっと笑う紳士に、笑い方まで紳士的だと斎藤はぼんやりと思った。
「私、行ったことがありますよ」
グラスを拭きながらマスターが視線を上げた。
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